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神戸地方裁判所 昭和53年(行ウ)6号 判決 1982年4月28日

原告 宮迫玉千代 ほか三名

被告 灘税務署長

代理人 前田順司 西峰邦男 野口成一 ほか二名

主文

昭和五三年(行ウ)第六号事件について <略>

昭和五三年(行ウ)第七号事件について

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告黄重信 <略>

二  原告宮迫玉千代、同宮迫豊治、同石田悦子、同中村正乃(昭和五三年(行ウ)第七号事件について)

1  被告灘税務署長が、原告宮迫玉千代、同宮迫豊治、同石田悦子、同中村正乃に対し、昭和五一年三月六日付でなした亡宮迫豊の昭和四七年分所得税に係る更正及び過少申告加算税の賦課決定を取消す。

2  訴訟費用は被告灘税務署長の負担とする。

三  被告<略>、同灘税務署長(昭和五三年(行ウ)第七号事件について)

いずれも各事件の主文同旨

第二当事者の主張

(昭和五三年(行ウ)第六号事件について)

一  請求原因

1、2 <略>

3  しかし、本件更正には譲渡価額の認定を誤つた結果、分離短期譲渡所得金額を過大に認定した違法がある。

すなわち、

(一) 原告黄重信及び宮迫豊は、昭和四七年七月二八日、その共有物件(共有持分各二分の一)であつた神戸市垂水区伊川谷町小寺字大谷八一二番一〇及び同所八一二番一一の各保安林(合計二万〇八九八平方メートル、以下、両土地をあわせて本件土地という。)を訴外中村正一こと金龍建(以下、中村正一という。)に売却したが、その譲渡価額は四九五〇万円であり、その旨の不動産売買契約書(甲第一号証)が作成され同日、中村正一より二〇〇〇万円及び四七五万円の手形各二通を受けとり、原告黄重信と宮迫豊において各一通ずつに分配して受取つた。

(二)、(三)、(四) <略>

4  <略>

二  請求原因に対する被告芦屋税務署長の認否

1  <略>

2  同(編注・請求原因)3の(一)の事実のうち、原告黄重信及び宮迫豊が昭和四七年七月二八日、その共有物件(共有持分各二分の一)である本件土地を中村正一に売却したこと、その際作成された不動産売買契約書には、譲渡価額が四九五〇万円である旨記載されていること、譲渡代金(額がいくらであるかは別論として)をそれぞれの持分にしたがい按分したこと、原告黄重信が中村正一から小切手で二四五〇万円を受取つたこと、は認めるが、その余の事実は否認する。

3、4 <略>

三  被告芦屋税務署長の主張

1  <略>

2  本件更正の根拠

(一) <略>

(二) 本件土地の譲渡所得金額の計算根拠は別表三の<イ>欄のとおりであり、本件土地に対する原告黄重信と宮迫豊の持分(各二分の一)にしたがつて計算すると同表<ロ>欄の額が原告黄重信及び宮迫豊の各個人の金額となる。

したがつて、原告黄重信の本件土地の譲渡による分離短期譲渡所得金額一七七二万二二〇〇円である。

(三)、(四) <略>

四  被告芦屋税務署長の主張に対する原告黄重信の認否

1、2 <略>

3  同(編注・被告芦屋税務署長の主張)2の(二)のうち、原告黄重信と宮迫豊の各持分が二分の一であり、したがつて、別表三の<イ>の1、8、9欄の金額の二分の一が原告黄重信と宮迫豊の各金額となること、譲渡費用、取得費が被告芦屋税務署長主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。

4  <略>

(昭和五三年(行ウ)第七号事件について)

一  請求原因

1  原告宮迫玉千代、同宮迫豊治、同石田悦子、同中村正乃(以下、右原告四名を、原告宮迫玉千代らという。)は、いずれも昭和四七年一〇月一五日死亡した被相続人宮迫豊の昭和四七年分の所得税につき、青色申告により別表四の1欄のとおり準確定申告書を提出した。これに対し、被告灘税務署長は、昭和五一年三月六日付をもつて、分離短期譲渡所得金額の計算において六五〇万円、納付すべき税額の計算において四二八万九六〇〇円の各増額を内容とする再更正及び過少申告加算税の額を二一万四四〇〇円とする賦課決定(以下、それぞれ本件再更正、過少申告加算税の賦課決定という。)をなし、原告宮迫玉千代らに対し、各相続分に応じて納付すべき旨通知した。

2  原告宮迫玉千代らは、前記確定申告が青色申告であつたため、被告灘税務署長に対する異議申立をすることなく、昭和五一年四月三〇日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、昭和五二年一〇月一二日付をもつて、これを棄却する旨の裁決がなされ、同年一一月二日頃その裁決書は原告宮迫玉千代らに送達された。

3  しかし、本件再更正は除斥期間徒過後になされたものであり不適法である。

すなわち、

(一) 宮迫豊は昭和四七年一〇月一五日死亡しているのであるから、原告宮迫玉千代らの法定申告期限は昭和四八年二月一六日であるところ、本件再更正は右法定期限を三年以上経過した昭和五一年三月六日になされている。

(二) 仮に、宮迫豊が、本件土地の売買契約に際し、虚偽の不動産売買契約書を作成したとしても、それが直ちに脱税の意図をもつてなされたものと断定することはできない。不動産取引の実際の面においては、買主の側が資金出所を隠すために売買代金額の圧縮を希望する例がかなり多く、又、仮に売買当時は脱税の意図をもつて圧縮した契約書を作成したとしても確定申告の際に気が変つて脱税を中止し、真実の売買代金額を基礎にした申告をなす例も多くみられる。

したがつて、このような事情に照らせば、国税通則法第七〇条第二項第四号の規定は圧縮した契約書に基づき、故意に過少に申告した場合にのみ適用されるべきであつて、本件のように宮迫豊の死亡により相続人である原告宮迫玉千代らによつて準確定申告書が提出された場合には、同原告らが、圧縮した契約書であることを知りながら、脱税の意図をもつて過少に申告した場合でないかぎり右条項の適用の余地はないものと解すべきである。

(三) また、被告灘税務署長は、国税通則法第五条及び所得税法第一二五条により、原告宮迫玉千代らは、宮迫豊の納税に関する一切の義務を承継するゆえ、国税通則法第七〇条第二項第四号は相続人にも適用されると主張するが、国税通則法第五条第一項は、相続人は被相続人が納付し若しくは徴収されるべき国税を納める義務を承継することを定めた規定であり、所得税法第一二五条は所得税に関する、いわゆる準確定申告義務の規定であつて、国税通則法第七〇条第二項第四号による不利益のみが相続により承継されるとする規定は存しないし、相続理論一般としてもかかる地位のみの承継はあり得ないといわなければならない。

(四) さらに、偽りその他不正の行為により国税の全部若しくは一部の税額を免れようとした場合の効果としては、実体的には国税通則法第六八条第一項による重加算税の賦課が、また、手続的には同法第七〇条第二項第四号の除斥期間という更正を行なうについての時間的制約が生じるものであるところ、被相続人が確定申告をした後に死亡し、その後に、偽りその他不正の行為により国税の一部を免れようとした事実が発覚して更正を受けるような場合には、相続人が重加算税の納付義務を承継すると同時に、更正の期間について国税通則法第七〇条第二項第四号による不利益を受けることは相続による地位の承継として理解しうる。しかしながら、本件の如き、相続人らが準確定申告をなした場合には、前記(二)、(三)主張の如く、相続人等自らが脱税の意図をもつて申告をしたものでないかぎり、重加算税賦課の問題が生じないのと同様、更正の期間についても右条項の適用の余地はないというべきであるから、相続による承継を論ずる余地はない。本件においては、被告灘税務署長は本件再更正をなすにあたり、重加算税の賦課決定を行なつていないのであるから、この場合に、更正をすることは論理的破綻をきたしているというべきである。

(五) 原告宮迫玉千代らは、いずれも前記圧縮の事実を知らずに準確定申告をしたのであるから、国税通則法第七〇条第二項第四号の適用はないというべきであり、これに反してなされた本件再更正及び過少申告加算税の賦課決定はいずれも不適法である。

4  本件再更正には、宮迫豊の本件土地についての譲渡価額、取得費の認定を誤つた結果、分離短期譲渡所得金額を過大に認定した違法がある。

すなわち

(一) 本件土地を中村正一に売却したこと等については、昭和五三年(行ウ)第六号事件の請求原因3の(一)のとおりである。

(二) 本件土地売却による譲渡価額及び取得費譲渡費用を各持分にしたがつて按分した場合における宮迫豊の計算関係は別表三の<ニ>欄のとおりとなり、本件土地の譲渡に係る所得金額は一一二二万一一〇〇円である。

5(一)  宮迫豊の給与所得は別表五の3ないし5欄に掲げるもののみであつて、6欄に掲げるものは存しない。したがつて、その合計額は八三万五九九〇円であり、給与所得控除後の額は五六万三二〇〇円である。

(二)  仮に、被告灘税務署長主張の如く、右6欄記載の民芸鍋物有限会社悟味酉からの給与所得があつたとしても、時効にかかつているから被告灘税務署長はこれを主張することはできない。

二  請求原因に対する被告灘税務署長の認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3、(一)の事実は認めるが、(二)乃至(五)の主張はいずれも争う。

3  同4の(一)については昭和五三年(行ウ)第六号事件の二請求原因に対する被告芦屋税務署長の認否2と同様である。

4  同4の(二)のうち、譲渡費用が原告宮迫玉千代ら主張の額であることは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同5の(一)の事実は否認する。

6  同5の(二)の主張は争う。

三  被告灘税務署長の主張

1  原告宮迫玉千代らの被相続人宮迫豊に対する課税経過は別表四のとおりである。

2  本件再更正の根拠

(一) 宮迫豊の昭和四七年分所得金額は別表五の(イ)の1ないし10欄のとおりである。

(二) 本件土地の譲渡所得金額の計算根拠は昭和五三年(行ウ)第六号事件二被告芦屋税務署長の主張2の(二)と同様であり、宮迫豊の本件土地の譲渡による分離短期譲渡所得金額は一七七二万二二〇〇円である。

(三) 宮迫豊は、本件土地売買代金が真実は六二五〇万円であるにもかかわらず、故意にこれを四九五〇万円に圧縮し、仮装した不動産売買契約書を作成して真実の譲渡収入金額を隠ぺいしていたため、これをもとに、原告宮迫玉千代らにより譲渡収入金額を四九五〇万円の二分の一である二四七五万円とする準確定申告が行なわれた。そこで、被告灘税務署長は、本件土地の分離短期譲渡所得金額が別表三の<ロ>欄のとおりになるものとして本件再更正を行ない、さらに、これを前提とする過少申告加算税の賦課決定をした。この結果、宮迫豊の昭和四七年分の納付すべき税額は一六〇五万六七〇〇円、過少申告加算税は二一万四四〇〇円となる。

3  原告宮迫玉千代らは、本件再更正は、法定申告期限から三年を経過した後行なわれたものであり、除斥期間徒過後の更正であるから不適法である旨等主張する。

しかしながら、

(一) 国税通則法第七〇条第一項によれば、原告宮迫玉千代ら主張のとおり「法定申告期限から三年を経過した日以後においては更正することができない」と規定されている。しかし、同時に、同条第二項は「前項にかかわらず、次に掲げるものは五年を経過する日まで更正をすることができる」と規定し、その第四号において「偽りその他不正の行為によりその全部若しくは一部の税額を免れ、又はその全部若しくは一部の税額の還付を受けた国税についての更正又は賦課決定」の場合をあげている。

(二) 右にいう「偽りその他不正の行為」とは、脱税を可能ならしめる行為であつて、社会通念上不正と認められる一切の行為を包含するものと解すべきであり(名古屋地裁昭和四六年三月一九日判決、税務訴訟資料六二号三四四頁)、行為時の行為者の内心の意思(脱税を意図していたか否か)に関係なく客観的な行為があれば足りるのである。そして、「偽りその他不正の行為」があれば、課税の公平を実現するうえにおいて、課税庁が真実の計数を明らかにする際の調査に困難をきたすため、及び、逋脱者に対しては短期の期間の利益を与える必要がないため、更正の除斥期間を五年と規定しているものである。

(三) そして、相続人については、国税通則法第五条及び所得税法第一二五条により、被相続人について発生した所得についての納税に関する一切の義務を承継するのであるから、国税通則法第七〇条第二項第四号は被相続人にも適用されるのである。

(四) さらに、原告宮迫玉千代らは、国税通則法第六八条が適用されていないから、同法第七〇条第二項第四号も適用されないと主張する。

しかし、重加算税の課税要件である「仮装隠ぺい」と同法第七〇条第二項第四号の「偽りその他不正の行為」とは、現実には多くの場合相互に一致して重なりあうが、厳格には別個のものであつて、重加算税の賦課処分を取消す審査裁決の拘束力が更正の期間制限の判断に当然に影響するわけのものではないから、右同原告らの主張は失当である。

(五) また、本件土地の売買契約は宮迫豊によりまとめられたが、当日、登記に要する手続、代金の授受は原告宮迫豊治が行なつているのであつて、同原告は、右行為を通じて、又は宮迫豊から直接聞かされて圧縮の事実を知つていたものと考えられるし、同原告を除く原告宮迫玉千代らも宮迫豊や原告宮迫豊治を通じて圧縮の事実を知つていたものと解せられる。

(六) したがつて、本件再更正は許容された期間内に適法になされたものである。

4  原告宮迫玉千代らは、宮迫豊の給与所得のうち別表五の6欄の民芸鍋物有限会社悟味酉からの五〇万円につき時効を主張するが、本件再更正は国税通則法第七〇条第二項第四号の規定に基づいてなしたものであり、同号は「偽りその他不正の行為によつて免れた税額に相当する部分のみにその適用の範囲が限られるものではないと解すのが相当であり(最判昭和五一年一一月三〇日税務訴訟資料九〇号七〇七頁)、同原告らの主張は失当である。

5  したがつて、本件再更正及びこれを前提とする過少申告加算税の賦課決定は適法である。

四  被告灘税務署長の主張に対する原告宮迫玉千代らの認否

1  被告灘税務署長の主張1のうち、別表四の3欄の異議申立における<ホ>欄の分離短期譲渡所得金額は否認する(同欄の額は二三三八万二七六〇円である。)。その余の事実は認める。

2  同2の(一)のうち、別表五の1乃至5、10欄の各区分及び金額は認めるが、その余の事実については否認する。

3  同2の(二)のうち、別表三の8欄の取得費の合計額につき否認するほかは、昭和五三年(行ウ)第六号事件の四被告芦屋税務署長の主張に対する原告黄重信の認否3と同様である。

4  同2の(三)のうち、被告灘税務署長が同項記載の経過で本件再更正及び過少申告加算税の賦課決定をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同3の(一)ないし(四)の主張は争い、同(五)の事実は否認する。

第三証拠 <略>

理由

一  <略>

二  昭和五三年(行ウ)第七号事件の請求原因1、2、被告灘税務署長の主張1(但し、別表四の3欄の異議申立における<ホ>欄の分離短期譲渡所得金額が二三四三万二七六〇円である点は除く。)の事実及び被告灘税務署長が、宮迫豊の本件土地についての分離短期譲渡所得金額につき、同人が故意に圧縮、仮装した不動産売買契約書を作成して譲渡収入金額を隠ぺいし、これをもとに、原告宮迫玉千代らにより準確定申告が行なわれたとして、国税通則法第七〇条第二項第四号を適用し、法定申告期限である昭和四八年二月一六日を三年以上経過した昭和五一年三月六日に別表四の5欄のとおり本件再更正をし、さらに、これを前提とする過少申告加算税の賦課決定をしたことは、同事件当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第九号証によれば、別表四の3欄の異議申立における<ト>欄の分離短期譲渡所得金額は二三三八万二七六〇円であることが認められる。

三  本件土地の譲渡価額について

1  原告黄重信及び宮迫豊が、昭和四七年七月二八日、その共有物件である本件土地を中村正一に売却したこと(以下、本件売買という。)、その際作成された不動産売買契約書には、譲渡価額が四九五〇万円である旨記載されていること、原告黄重信及び宮迫豊が中村正一より額面二〇〇〇万円及び四七五万円の小切手各一通ずつを受取つたことは、昭和五三年(行ウ)第六号事件の当事者及び昭和五三年(行ウ)第七号事件の当事者間(以下、この項において、両事件の、当事者全ての総称して全当事者といい原告らを総称して原告ら、被告らを総称して被告らという。)に争いがない。

2  <証拠略>によれば次の事実が認められる。

(一)  中村正一は、(1)昭和四八年二月二七日、兵庫県芦屋市大原町二二番九号山田寛治に本件土地を売却したが、昭和四八年分譲渡所得につき、申告した右譲渡価額が低すぎるとして、長田税務署調査官の調査を受け、右譲渡価額について圧縮があることを認めると同時に本件売買における譲渡価額にも圧縮があつたことを申述し、昭和四九年一二月一八日、「本件売買において、譲渡価額を四九五〇万円として不動産売買契約書を作成しているが、実際は六三〇〇坪を坪当たり一万円で取引し、そのうえ、五〇万円値引して六二五〇万円で買入れたことに相違ない」旨の文書を作成し、(2)昭和四九年一二月一九日、被告灘税務署長からの「お買いになつた資産の買入価額などについてのお尋ね」に対し、買入れた資産の買入代金の支払欄の支払回数欄に第一回、金額欄は六二五〇万円、支払方法欄に現金、小切手、と記載し又は該当部分を〇印で囲むことにより回答し、(3)昭和五三年五月一八日、大阪国税局国税訟務官の質問に対し、右(1)と同旨のほかに、本件土地の買受代金の支払状況について、「当時神戸銀行の明石支店にいた北林某に電話し、中村正一名義の通知預金、定期預金及び梶本実男名義の通知預金を解約し、さらに手形借入れをし、それらを保証小切手と現金にして、本件売買当日支払つた。圧縮した部分についての領収証や真の金額による契約書についてはよく覚えていないが、作つていないように思う」旨、答えており、(4)さらに、昭和五四年四月二六日、大阪国税局大蔵事務官の質問に対し、「取引当日は、契約するだけの予定であつたが、急に即金で決済する事になり、私の事務所に来ていた宮迫と黄は印鑑証明などを取りに帰つた。代金については、坪当たり一万円で、五〇万円まけることになり結局六二五〇万円であつた。宮迫、黄の二人とは初対面であつたが、一人はかなりの年配で「私は黄です」といい、もう一人は若い人であつた。明石の裁判所の前にある「あきさだ」司法書士事務所で取引したが、その場で全額支払つたか、一部のみ支払いして残りは神戸銀行明石支店で支払つたかについてはよく覚えていない」旨等答えており、(5)右(4)記載の大蔵事務官に対し、昭和五四年六月四日、後記(二)乃至(六)記載の定期預金、通知預金に関する証書、元帳等を示され、「本件売買のために準備した金額は約六三〇〇万円であり、その内訳は、定期預金解約による三〇〇〇万円、銀行からの借入金が二〇〇〇万円、通知預金中、昭和四七年七月二六日の出金五五〇万円と同月二八日預入れの二五〇万円の差額の約三〇〇万円、梶本実男名義の通知預金(私のもの)解約による一〇〇〇万円の合計六三〇〇万円である。そして、そのうちの四九五〇万円については、神戸銀行の小切手で、残額の一三〇〇万円については現金で、支払つた」旨等を答えている。

(二)  中村正一は、同人名義で昭和四七年四月二二日に株式会社神戸銀行明石支店に預入れた定期預金(三通の定期預金証書一通各一〇〇〇万円)を同年七月二八日に解約している。

(三)  中村正一は、同月二八日、株式会社神戸銀行から二〇〇〇万円の手形貸付を受けている。右手形貸付を受ける際に作成された借入申込書には、申込日及び借入希望日として、右同日、資金使途及び金額として、本件土地購入資金六〇〇〇万円、返済期日、返済資源として、昭和四八年一〇月三一日、不動産売却による、と記入されている。そして、右申込に対する同銀行の意見並びに貸出方針欄には、本件により神光開発工業株式会社の保全面重大なる支障をきたすが、上記保全面については本件土地に対し、根抵当権設定により対処すると記載されている。

(四)  中村正一は、株式会社神戸銀行に対する同人名義の通知預金から、昭和四七年七月二六日、五五〇万円を引き出し、同月二八日、これに二五〇万二一九三円を入金している。

(五)  中村正一は、株式会社神戸銀行に対する自己の架空名義である梶本実男名義の通知預金から、同月二八日、一〇〇〇万円を引き出している。

(六)  中村正一は、同月二八日、神戸銀行に対し、自己宛小切手を依頼している。自己宛小切手依頼票によれば、その内訳は、小切手番号七六八四及び七六八五、額面四七五万円のもの各一通、小切手番号七六七八、額面二〇〇〇万円(現金扱印欄に47・7・28手形貸付との記載がある。)、小切手番号七六七六、額面二〇〇〇万円(現金扱印欄に、47・7・28定期預金との記載がある。)、となつている。

(七)  株式会社神戸銀行は、右(三)の手形貸付と関連して、本件土地につき、自己を根抵当権者とし、株式会社神光開発工業を債務者とする極度額四〇〇〇万円の根抵当権を設定させ、昭和四七年八月一七日その設定登記を経由しているが、その際本件土地の時価を、一平方メートル当たり三〇〇〇円として計算し、合計六二六九万四〇〇〇円と評価している。そして、右金額に、六〇パーセントを乗じて得た三七六一万六〇〇〇円乃至七〇パーセントを乗じて得た四三八八万六〇〇〇円をその担保価値とみている。なお、右根抵当権については、昭和四八年二月二七日放棄を原因としてその設定登記の抹消登記がなされている。

(八)  原告黄重信と宮迫豊とは、勤務先の同僚として古くからの友人関係にあり、以前にも共同で不動産を買受けていたもので、本件土地は、右買受けにかかる共有の不動産を売却した代金で、両名が共同して買受けたものである。しかして、原告黄重信本人は、「昭和四七年七月二八日、明石の司法書士の事務所で本件土地の売買契約をしたが、そのとき、大勢の人が事務所に来ていた。宮迫(豊の趣旨と思われる。)と中津堯光については記憶がある。当時原告宮迫豊治についてはそれ程知らなかつた。通知預金については、それまで神戸銀行とは取引がなかつたが、宮迫豊に頼まれ、その時の端数だけを神戸銀行に預けた記憶がある。」旨等供述している。

(九)  中津堯光は、本件売買に関し、取引業者として前記不動産売買契約書に署名、押印している。

右(二)乃至(八)の事実によれば、中村正一は本件土地買受に際して六五五〇万円の資金を準備し、そのうち約六三〇〇万円を費消していること(右のうち中村正一の架空名義預金である梶本実男名義の通知預金一〇〇〇万円は、中村正一が自ら供述するのでなければ容易に探知することのできないものであると考えられる。)、及び、右(一)の中村正一の申述する売買代金額六二五〇万円は、株式会社神戸銀行の担保価値把握のための本件土地の評価の額とほぼ合致していること(なお、中村正一も本件土地購入資金を六〇〇〇万円として神戸銀行に借入金申込をしている。)が明らかであるところ、本件土地を中村正一に売却した当時、原告黄重信及び宮迫豊には代金額が時価(右銀行の評価額は、おおよそ時価とみてよいものと考えられる。)より二割も安くてもなお本件土地を急いで手離さなければならないような事情があつたものともうかがわれないのであつて、これらの事実は、右(一)の、本件土地の売買代金額は現実には六二五〇万円であつた旨の中村正一の供述が真実であることを裏付けるに十分である。

したがつて、右(一)の中村正一の供述等により、本件土地の譲渡価額は六二五〇万円であると認められ、また、そこにあらわれた取引の実情等にかんがみて、原告黄重信及び宮迫豊は、それぞれその半額の三一二五万円(小切手二通合計二四七五万円のほかに現金六五〇万円)ずつを受領したものと推認される。

また、右認定の事実関係からすれば、中村正一は、利を得て早期に他に転売する目的で本件土地を買受けたものと推認されるのであり、したがつて、中村正一にとつては、転売時の譲渡所得に関する納税申告に際して生じる問題にかんがみて買受時にその代金額を圧縮することが決して得策でなかつたことは、明らかである。したがつて、本件売買に際し、売買代金額を圧縮した売買契約書を作成したのは、原告黄重信と宮迫豊の要求に基づくものであると推認されるのであり、また、現に原告黄重信がこれを利用して真実の収入金額を隠ぺいした納税申告書を提出しているところからすれば、右両名は意を通じて脱税の意図をもつてこれを作成したものであると推認される。もつとも、右(一)の(4)の中村正一の申述記載のみから、原告宮迫豊治が取引当日本件売買に立会つてその内容を了知していたものと認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。<証拠略>中右認定に反する部分は、いずれも、前掲各証拠に照らし、措信し得ない。そして他に、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  原告黄重信に対する課税について <略>

五  宮迫豊に対する課税について

1  宮迫豊の昭和四七年分所得金額のうち、事業所得、不動産所得の金額が別表五の(イ)の1、2欄のとおりであることは、昭和五三年(行ウ)第七号事件の当事者間に争いがない。

2  給与所得のうち、別表五の(イ)の3乃至5欄については右当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、宮迫豊は、民芸鍋物有限会社悟味酉(代表取締役井上寿好)から昭和四七年一月分から同年一〇月分の給与として合計五〇万円受領していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  本件土地の譲渡費用が別紙三の<イ>、<ロ>の各9欄のとおりであること、取得費が、少くとも合計二五八四万八一〇〇円存在することは右当事者間に争いがなく、本件全証拠によつても、取得費が右金額以上に存在することを伺わせるに足りる証拠は存しない。

したがつて、前記二の認定と総合すると宮迫豊の本件土地譲渡による分離短期譲渡所得金額及びその計算関係は同表<ロ>欄のとおりとなる。

4  ところで、原告宮迫玉千代らは、宮迫豊が本件土地の売買契約に際し、売買代金額を圧縮した虚偽の不動産売買契約書を作成したとしても、国税通則法第七〇条第二項第四号の規定が適用されるためには、宮迫豊が右契約書に基づき確定申告書を提出するか、原告宮迫玉千代らが圧縮した契約書であることを知りながら、脱税の意図をもつて過少に申告した場合でなければならず、本件のように相続人である宮迫玉千代らにより圧縮した契約書であることを知らずに準確定申告書が提出されたような場合には、右条項の適用の余地がないものというべく、したがつて、法定申告期限を三年以上経過した後になされた本件再更正は、除斥期間徒過後になされた不適法なものである旨等主張し、被告は、本件は、国税通則法第七〇条第二項第四号「偽りその他不正の行為により税額を免れた」場合に該当するから、その除斥期間は五年である旨主張するので、この点につき検討する。

前記認定の、宮迫豊らの本件土地の売買契約に際して売買代金額を圧縮した契約書を作成し差額を現金で受領した等の行為が、国税の一部を免れる意図のもとになされたものであることは、前記認定の事実関係、就中、原告黄重信がこれらに基づき現に課税標準の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺいする確定申告をしていることによつて明らかであり、また、宮迫豊は生存していたとすればこれらに基づき同様に不正な確定申告をしたであろうことは、右原告黄重信の行為に照らして容易に推測しうるところであつて、右宮迫豊の各行為が国税通則法第七〇条第二項第四号にいう「偽りその他不正の行為」に該当することは疑いのないところである。しかし、その相続人である原告宮迫玉千代らにおいて宮迫豊の前記の各行為を知悉していたものと認めるに足りる証拠のない本件においては、同原告らは、そのような各行為があつたことを知らないままに宮迫豊の昭和四七年分所得税につき所得税法第一二五条により確定申告書を提出したものというほかはない。問題は、被相続人に「偽りその他不正の行為」があつたために相続人の提出する確定申告書の記載内容がゆがめられ、その結果相続人において国税の一部を免れることとなつたが、相続人は被相続人にそのような行為があることを知らなかつたという場合に、偽りその他不正の行為により国税の一部を免れたものとして、国税通則法第七〇条第二項第四号の適用があるということができるか否かである。

そこで案ずるに、相続があつた場合には、相続人は、その被相続人に課されるべき、又はその被相続人が納付し、若しくは徴収されるべき国税を納める義務を承継する(国税通則法第五条第一項)。すなわち、相続人は、相続開始の時において既に成立しているがいまだ確定するに至つていないいわゆる抽象的納税義務をも承継するのであつて、これにつき、確定申告書を提出しなければならない(所得税法第一二四条、第一二五条)。そして、国税通則法第七〇条第二項第四号は、「偽りその他不正の行為」によつて国税の全部又は一部を免れた納税者がある場合、これに対して適正な課税を行なうことができるよう、同条第一項各号掲記の更正又は賦課決定の除斥期間を同項の規定にかかわらず五年とすることを定めたものである。右のような法の趣旨にかんがみ、被相続人に「偽りその他不正の行為」があつたために相続人の提出する確定申告書の記載内容がゆがめられ、その結果相続人において国税の一部を免れることとなつた場合、通常の制限期間内の更正により適正な課税を行なうことが困難となることは、相続人が被相続人の当該行為を知悉していたか否かにはかかわりないことであること、その場合、更正の制限期間を五年に延長されたからといつて、相続人に対し、相続開始の時に既に成立している抽象的納税義務を適正に具体化するということ以上に何らの新しい義務を課することになるわけでもないことを考えれば、被相続人に「偽りその他不正の行為」があつたために相続人の提出する確定申告書の記載内容がゆがめられ、その結果相続人において国税の一部を免れることとなつた場合には、相続人において被相続人にそのような行為があつたことを知らなかつたとしても、右相続人に対する国税についての更正については、国税通則法第七〇条第二項第四号の適用があるものと解するのが相当である。なお、重加算税は、納税者が隠ぺい、仮装という不正手段を用いた場合に、これに特別に重い負担を課することによつて、申告納税制度の基盤が失われるのを防止することを目的とするものであるから、これを賦課すべき要件充足の有無の問題と、偽りその他不正の行為があつた場合に既に成立している抽象的納税義務を適正に具体化するために更正の制限期間を延長するにすぎない国税通則法第七〇条第二項第四号の適用の有無の問題とを同断に論じることはできない。

したがつて、国税通則法第七〇条第二項第四号の適用があるものとしてなされた本件再更正は、適法というべきである。

5  <証拠略>によると本件再更正における宮迫豊の各所得金額の内訳は別表五の(ロ)1、2、8(同欄の額は、同表(ロ)の3、4、5欄の各給与所得の合計額から給与所得控除をしたものにあたる。)、9、10及び11、12欄記載のとおりであるところ、前記認定の事実によれば、宮迫豊の昭和四七年分各所得金額の内訳は、本件において被告灘税務署長が主張する同表の(イ)の1乃至10欄記載のとおりである。

そうすると、右後者の額は、本件再更正における総所得金額、分離短期譲渡所得金額のいずれについてもその額を超えることになり、また、本件再更正における税額の計算関係は同表(ロ)の13乃至17欄記載のとおりであつて、誤りはないものと認められるから、結局、本件再更正にはなんらの違法はなく、これを前提としてなされた過少申告加算税の賦課決定にも違法はない。

六  よつて、原告黄重信及び原告宮迫玉千代らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、昭和五三年(行ウ)第六号事件については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を、昭和五三年(行ウ)第七号事件については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富澤達 松本克己 鳥羽耕一)

別表 <略>

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